こころの健康だより.139 2024年2月発行 この「こころの健康だより」は中部総合精神保健福祉センターのホームページでもご覧になれます。 特集「多様な働き方とメンタルヘルス」 もくじ ●「多様化」が労働者のメンタルヘルスに及ぼす影響 2 ●職場のポジティブメンタルヘルス:ワーク・エンゲイジメントに注目して 4 ●治療と仕事の両立支援   6 ●人生の節目に寄り添うワンストップの相談窓口 8 「多様化」が労働者のメンタルヘルスに及ぼす影響 合同会社DB-SeeD代表 日本医師会認定産業医 神田橋 宏治 はじめに 長年にわたり、こころの健康の時代といわれています。休職者における割合、傷病手当金の額ともに精神疾患が最多となっています。また労災認定件数も年々増加しています。2015年に始まったストレスチェック制度などさまざまな手段が導入されてきましたが、いまだ効果は十分ではないように見えます。 労働者のメンタルヘルス問題が増加している背景には様々な要因があると考えられますが、そのキーワードの一つに「多様化」があります。「多様化」には、ライフキャリアの多様化、働く人の属性の多様化、働き方そのものの多様化などがあります。私は産業医として働く方の健康を守る仕事をしています。今回は産業保健職の立場から多様化が労働者のメンタルヘルスに及ぼす影響について考えたいと思います。 1.ライフキャリアの多様化 ライフキャリアの多様化とは、つまり働き方や生き方に対する価値観の多様化のことと言えます。例えば、長時間労働が健康リスクであることはよく知られた事実であり、厳しく規制されてきましたが、それでも医師や官僚などで長時間労働を強いられた結果精神を病む方々の悲劇は相変わらず続いており、企業や産業保健職は健康障害に対して敏感であるべきです。 ですが逆に「働き方改革」が主に労働時間の短縮化に重点を置いた結果、このような働き方では自分の成長が望めないとして企業を離職する若者すらおり、やりがいやワーク・エンゲージメントにも気を配らなければなりません。法令を守りながら上手に舵をとることが求められます。 2.働く人の属性の多様化 近年、様々な背景をもちながら働く人が増えてきています。外国人労働者、LGBTQ、障害者などがその代表でしょう。 外国人労働者 外国人労働者のストレス要因は、働く状況が母国と違う(仕事内容、人間関係、母国での経歴と日本での職務内容のギャップ等)上に、生活そのものも異文化であることでしょう。日本の文化に合わない行動をとるため、周囲との不調和を生じさせることも少なくありません。さらには必ずしも日本語が堪能ではなく、単身赴任で来日していることも多く、ストレス緩衝要因である上司や家族からのケアが得られにくいという背景もあります。同国人同士のネットワークでつながることが多いですが、そのネットワークの狭さゆえにいさかいにつながる例もあると聞きます。 雇う側の日本企業にも、中々本人のストレスに気づかない、気づいたとしてもどのように職場でケアすればいいかがわからないといった問題があります。また実習生という名のもとに、事実上安価な労働者として長時間勤務を強いられている外国人労働者がいるということも大きな問題です。企業側には、外国人労働者が日本の文化や働き方に慣れるまで、気長かつ丁寧に上司や同国人の先輩などを通じたメンタルケアが求められます。 LGBTQ LGBTQ、つまり性的志向、性自認の多様化は近年理解が進んできているところですが、当人に対してだけでなく周りに対してもどのように配慮するかということが課題になってきます。 例としてトランスジェンダーを考えます。ずっとトランスジェンダーであることを隠して生きてきて、自分の内面と、職場で求められる行動規範とのギャップに苦しみ二次的に抑うつ状態に陥った例も散見されています。その一方、トランスジェンダーを職場でカミングアウトしたら周囲が驚き、社員の中にはその方の姿の変化を受入れられずに体調を崩すといった例もあります。このような非常に機微な問題に関しては、何となく気づいていたとしても周りが無理矢理聞き出すことはしてはならず、必要に応じて守秘義務のある産業保健職に上手につなげることが良いでしょう。 障害者 障害は大きく身体障害、知的障害、精神障害の3種類に分けられます。身体障害、知的障害と認定される方の人数はほぼ横ばいが続いているのに対し、精神障害と認定されている方は増えています。精神障害者にその症状を悪化させることなく働いてもらうためには、本人の適性にあった職業選択のみならず、職場環境の整備や合理的配慮が重要となります。また障害とまでは言えませんが、一般の人に比べて臨機応変に対応するのが苦手、同じことの繰り返しが苦手、といった得意不得意に偏りがある労働者の問題も大きいです。適切に環境を整えさえすれば一般の労働者と同じ、あるいはそれ以上の能力を発揮することも多いですが、環境が合わないことでメンタルヘルスが悪くなるケースも少なくありません。中には休職に追い込まれるほど調子を崩す方もいます。 3.働き方そのものの多様化 コロナ禍で急速に普及したのがテレワークです。現在様々な調査・研究が行われており、テレワークへの知見が溜まってきています。 まず、大局的にみるとテレワークの普及はメンタルヘルスに良い影響を与える場合が多いです。この効果は若年層ほど大きいとされています。そのメカニズムとしては、通勤時間を伴わないことから睡眠時間が多くとれる、自分の好きな環境で仕事ができ隙間時間に別の用事ができる、ウマが合わない同僚等と顔を合わせずに済むなどが考えられます。 ただテレワークが精神面に与える影響には負の側面もあります。その原因としてまず挙げられるのが、生活の場に仕事が「侵食」してくることです。仕事と生活の区別があいまいになり、長時間労働や、夜間などの時間外労働が起きやすいこと、一日中常に仕事のことが頭から離れないことなどが起こってきています。さらには、家族仲が悪いのに常に自宅にいなくてはならない、介護との両立が求められるといったケースもあります。 また対面のコミュニケーションが減ることからメンタルヘルス不調に陥る方々がいることも明らかになっています。例えば中途入社や、異動したばかりの人等です。彼らは仕事になじんでいないだけでなく、わからないことを聞こうと思っても今質問してもいい状況かどうかがわからない、また周囲からも今困っていることが見えにくいことから彼/彼女のストレスは極めて高く、ある日突然退職を申し出るなどの例が筆者の周りでも散見されています。 精神衛生は労働者の選好にも左右され、「テレワークが好きだ」と答える人々は週当たりのテレワーク日数が長いほどメンタルヘルス状態がよく、「嫌いだ」と答えた人はその逆であるとする研究結果もあります。 企業の中にはテレワークのデメリットを防ぐための対策を取っているところもあります。生活の場に仕事が「侵食」してくることに対する対策には、「つながらない権利」や「勤務間インターバル」があります。就業時間外には会社から連絡できないし会社のサーバーにも接続できない、仕事終了から次の仕事開始まで一定時間(11時間が多い)空けるというやり方です。また、コミュニケーション不足を生まないために、ウェブ上に全員が集まる雑談タイムを設ける、週に1回はリアルに集まるといった対策を取っている企業もあります。 近年増えた働き方として、ギグワークも挙げられます。ギグワークとは、個人事業主として主にプラットフォーム上で飲食店などの配達を請け負う仕事です。ギグワークについては、日本では業務中の事故によるケガへの保障制度の薄さなどが問題になっていますが、諸外国ではメンタルヘルス面も大きな問題となっています。特に、単価が安いためにどうしても長時間労働になりやすくメンタルヘルス面に悪影響を与えること、さらに各労働者の評価がAIによって行われ、この過程はギグワーカーからはブラックボックスのため、何を改善すれば自分の評価が上がるかがわからず、不安や極端なのめりこみにつながることが指摘されています。 おわりに 今後もいろいろな多様化に伴い新たな健康問題、メンタルヘルスの問題が出てくることは当然考えられます。我々産業保健職の責務は、そういった問題をいち早く察知し、社会に警鐘を鳴らし、各々の立場に合わせて「労働者」を保護することだと考えています。 職場のポジティブメンタルヘルス:ワーク・エンゲイジメントに注目して 慶應義塾大学総合政策学部 教授 島津 明人 1.はじめに 職場におけるメンタルヘルス対策では、うつ病などのメンタルヘルス不調の未然防止(第一次予防)、早期発見・早期対応(第二次予防)、メンタルヘルス不調により休業した従業員の適切な復職支援・再発予防(第三次予防)が行われています。事業所では、厚生労働省の「労働者の心の健康保持増進のための指針」などに基づいて、従業員や管理監督者への教育・研修、相談体制の整備、職場復帰支援体制の整備など、メンタルヘルス対策に取り組む企業が増えています。 一方、わが国では、健康経営にみられるように、経営戦略の一部として労働者の健康支援に取り組む動きが加速しています。その他、働き方改革、治療と就労の両立支援、仕事と子育て・介護との両立支援、高齢者や女性の就労促進などの動きが活発化しており、多様な人材が「いきいきと働く」ことができる環境整備が、これまで以上に求められるようになりました。 国際的に見ると、国際連合による持続可能な開発目標では、「3.すべての人に健康と福祉を」「8.働きがいも経済成長も」に見られるように、健康、働きがい、経済成長は世界共通の開発目標に位置づけられています。2023年4月のG7倉敷労働雇用大臣会合でも、「ワーク・エンゲイジメントの向上とディーセント・ワークの推進」が主要課題の一つになったことも、この流れにあると言えます。 これらの変化は、職場のメンタルヘルス活動の目的を、精神的不調への対応やその予防にとどめるのではなく、組織や個人の活性化も視野に入れ、広い意味での労働者の「こころの健康」の支援につなげることを示唆しています。 2.職場のポジティブメンタルヘルスの鍵概念:ワーク・エンゲイジメント 心理学では2000年前後から、人間の有する強みやパフォーマンスなどポジティブな要因にも注目する動きが出始めました。このような動きの中で新しく提唱された概念の1つが、ワーク・エンゲイジメント(Work Engagement:Schaufeli et al., 2002; 島津, 2022)です。 ワーク・エンゲイジメントとは「仕事に誇りややりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)の3つがそろった状態であり、バーンアウト(燃え尽き)の対概念として位置づけられています(Maslach & Leiter, 1997)。ワーク・エンゲイジメントの高い人は、仕事に誇りややりがいを感じ、主体的に取り組み、活き活きと働いているのに対して、バーンアウトした人は、仕事でエネルギーを使い果たし、疲れ果て、仕事への熱意や自信が低下しているのです。 ワーク・エンゲイジメントと混同されやすい概念に、ワーカホリズム(Schaufeli, Shimazu, & Taris, 2009)があります。ワーカホリズムは、一生懸命働く点でワーク・エンゲイジメントに類似していますが、仕事に向き合う態度は後ろ向きです。ワーカホリックな人は仕事から離れると罪悪感や不安が高まるため、この不快な状態から逃れるために、仕事をしています。 3.ワーク・エンゲイジメントを高めるには ワーク・エンゲイジメントは、心身の健康と生産性の両方に関連する概念であり、ワーク・エンゲイジメントを高めることで、健康の維持増進と生産性の向上を同時に図ることができます。そのため、ワーク・エンゲイジメントは、産業保健と経営とをつなぐ鍵概念として、近年、特に注目されています。 ワーク・エンゲイジメント向上の鍵となるのが、仕事の資源と個人の資源です。これらは、仕事や個人の持つ強みと言うこともできます。これまでの理論研究では、それぞれの資源が充実するほどワーク・エンゲイジメントが高まり、その結果、健康や生産性の向上につながることが明らかにされています。つまり、仕事や個人の持つ強みを伸ばすことで、ワーク・エンゲイジメントが高まり、健康や生産性の向上につながるのです。 ワーク・エンゲイジメントを高めるための方法は、組織ができる工夫と従業員個人ができる工夫とに整理できます。組織ができる工夫では、従業員の「外的資源」、つまり職場内の仕事の資源を増やすことで、従業員一人ひとりの、さらには組織全体のワーク・エンゲイジメントを高めます。これに対して、従業員個人ができる工夫では、一人ひとりが「内的資源」、つまり個人の資源(心理的資源ともいう)を強化することで、ワーク・エンゲイジメントを高めます。 厚生労働省の研究班「労働生産性の向上に寄与する健康増進手法の開発」(主任:島津明人:https://hp3.jp/project/php)では、ワーク・エンゲイジメントの向上を目的とした組織と個人の活性化手法を開発し、その成果物としてガイドラインとマニュアルを公表しています(島津, 2020)。この研究班では、ワーク・エンゲイジメントの先行要因である仕事の資源と個人の資源に注目し、これらの資源を高めるための介入が、ワーク・エンゲイジメントの向上を通じて、健康と生産性の向上につながることを仮定しています。 マニュアルは全部で4種類開発されており、仕事の資源に注目した「職場環境へのポジティブアプローチ」「CREW(Civility, Respect, and Engagement in the Workplace)プログラム」、個人の資源に注目した「ジョブ・クラフティング研修プログラム」「思いやり行動向上プログラム」があります。職場環境へのポジティブアプローチでは、ストレスチェック制度を活用し、仕事の資源の向上を図るための活動を従業員参加型で行います。CREWプログラムでは、職場内の継続的なミーティングを通じて、メンバーが相互に尊重し合う関係構築を目的としています。ジョブ・クラフティング研修プログラムは、やらなければいけない仕事を、従業員自身がやりがいのある仕事となるよう工夫を加えるアプローチです。思いやり行動向上プログラムは、職場内のメンバーが利他的な行動を増やし、職場全体の相互支援を高めることを目的としています。これら4つのプログラムのマニュアルは、すべて筆者の研究室WEBサイト(https://hp3.jp/project/php)から無料でダウンロードすることができます。 4.まとめ 本稿では、職場のポジティブメンタルヘルスの鍵概念として、ワーク・エンゲイジメントを取り上げ、その背景、考え方、ワーク・エンゲイジメント向上の進め方を紹介しました。従来の職場のメンタルヘルスでは、従業員や組織の弱みを支える活動を重視していましたが、ポジティブメンタルヘルスでは、弱みを支えるだけでなく強みを伸ばす活動も重視しています。 ワーク・エンゲイジメント研究は、その概念が提唱された2000年ごろから理論的な実証研究が進み、近年ではワーク・エンゲイジメントの支援方法の開発やその科学的検証が蓄積されつつあります。今後、研究者、産業保健職、人事労務担当者、経営層、政策担当者が協力しながら、科学的根拠にもとづくワーク・エンゲイジメントの支援方法を開発し、産業現場に普及・浸透させることが期待されています。 引用文献: Maslach, C., and Leiter, M. P. (1997). The truth about burnout: How organizations cause personal stress and what to do about it. Jossey-Bass. Schaufeli, W. B., Salanova, M., Gonzalez-Roma, V., and Bakker, A. B. (2002). The measurement of engagement and burnout: A two sample confirmative analytic approach. Journal of Happiness Studies, 3, 71-92. Schaufeli, W. B., Shimazu, A., and Taris, T. W. (2009). Being driven to work excessively hard: The evaluation of a two-factor measure of workaholism in The Netherlands and Japan. Cross-Cultural Research, 43, 320-348. 島津明人 (2020). これからの働き方を考える:主体的朗働と産業ストレス. 産業ストレス研究,27,383-388. 島津明人 (2022). 新版 ワーク・エンゲイジメント:ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を. 労働調査会. 治療と仕事の両立支援 独立行政法人労働者健康安全機構横浜労災病院 精神科部長 柴岡 三智 はじめに 「治療と仕事の両立支援」とは、精神・身体の様々な病気の治療をしながら、働く意欲のある方々を支援することを指します。患者さんが仕事を続けたいという希望がある場合、より適切な対応のために医療機関と職場との連携が必要と考えられます。しかし、実際の医療機関の現場では、連携や協議に注力できるような自由度に乏しいといった理由から、職場に対しての積極的な支援が難しいというのが実情です。また、職場側も体制が不十分なために、就労の継続や復職困難になる場合もあります。職場にとっても、本来働ける人材を失うことは大きな損失となりえます。 今後、高齢で働く人の割合が増えていくと予想されることから、様々な疾患と付き合いながら働く人も増加することが見込まれるため、両立支援の重要性は増していくと思われます。今回は、疾患を特定せず、「両立支援」全般についてお伝えします。 両立支援制度の活用 「両立支援」をサポートしてくれる、両立支援促進員、両立支援コーディネーターの存在をご存じでしょうか。 「両立支援促進員」とは、独立行政法人労働者健康安全機構の産業保健業務基準に基づいて、「治療と職業生活の両立支援対策の普及促進のための個別訪問支援、仕事と治療の両立に関する労働者(患者)等と事業場との間の個別調整支援、治療と職業生活の両立支援に係る教育及び事例収集を実施する」職務を行っています。産業保健総合支援センター(さんぽセンター)では、 保健師、看護師、社会保険労務士や労災病院の医療ソーシャルワーカー等に「両立支援促進員」の委嘱を行っています。さんぽセンターは、産業医、産業看護職、衛生管理者等の産業保健関係者を支援するとともに、事業主等に対し職場の健康管理への啓発を行うことを目的として各都道府県に設置されています。両立支援で聞いてみたいことがあったら相談してみましょう。 「両立支援コーディネーター」とは、医療機関、企業、公的相談機関等に所属し、両立支援に関する基礎的な知識や考え方等の一定の研修を受講し、患者さんや家族からの依頼を受けて患者さんに寄り添いながら相談支援を実施しています。また、患者さんを中心とした、主治医、企業・産業保健スタッフのコミュニケーションのサポートを行っています。 また、ハローワークでもがん患者さんや難病患者さんの就労支援をしていたり、がん相談支援センター、肝疾患相談支援センター、難病相談支援センターなどでもサポートを行っています。 両立支援を受けたいと思ったら ご自分が治療を継続しながら仕事をしたいと考えた場合、まずは通院先に両立支援の相談窓口がないか主治医やその他のスタッフに確認してみましょう。窓口がなかった場合は、上述のさんぽセンターや各疾患の支援センターなどに相談してみることをおすすめします。相談内容は、「今後の治療費や生活費など心配なこと」「上司や同僚に何と言って説明しよう」「まわりに迷惑をかけているのではないか」などなど、不安なことは一人で悩まず、まわりに相談しましょう。まわりに相談した体験がない、もしくは相談してもうまくいかなかった経験のある方は躊躇することもあるかもしれませんが、まずは相談してみましょう。自分の知らなかった制度などを教えてもらえたり、話せる場があるという安心感を得ることで精神的な支えになったりします。その窓口で対応できない場合も、適切な相談窓口を紹介してくれるでしょう。 医療機関における両立支援 医療機関側でも、患者さんがどのような仕事をしているか知ることは、患者さんを理解し、治療を進めるうえで重要と考えられます。平成30年には、「療養・就労両立支援指導料」が保険収載されました。事業所から情報を得て、患者さんに必要な指導を実施し、事業者に診療情報を提供することで算定できます。算定できる対象疾患は限られていますが、今後広がっていくと思われます。 職場における両立支援 職場での治療と仕事の両立支援に関しては、「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」や「治療と仕事の両立支援コーディネーターマニュアル」などを参考にして体制づくりをするとよいでしょう。職場でも初めてのことであれば対応に不安があると思います。本人からの病気についての説明で不明な点がある場合は、本人と主治医の許可を得て診察に同席するなどして、情報収集すると対策がとりやすいかもしれません。ただし、病気にかかわる情報は、非常に配慮を要する情報であることに注意が必要です。 職場では、リモートワークやオフピーク通勤、1時間単位で有給休暇がとれるなど、通院と仕事を両立しやすい制度の導入を検討することも対策の一つと考えられます。そのような制度が整っている企業は、通院していない人にとっても働きやすい職場ともいえます。人材の定着や生産性の向上も見込まれます。これを機に、職場での体制がどうなっているか、改善する余地がないかなど、再確認してみてはいかがでしょうか。 おわりに ご自身が何かの病気にかかった時、驚いたり悲観的に考えてあせったりして慌てて離職をしないよう、まずはまわりに相談してみましょう。どういう結論を出すとしても、拙速な判断をせず、慎重に考えましょう。 「他人を理解する」ということは非常に難しく、また配慮をもって行うべきことと思います。両立支援の場合も、関係者が注意深くお互いに求めていることを調整し、患者さんがよりよい職業生活が送れるよう協力できる体制づくりが望まれます。 参考 ・労働者健康安全機構 https://www.johas.go.jp/ ・治療と仕事の両立支援ナビ https://chiryoutoshigoto.mhlw.go.jp/ 人生の節目に寄り添うワンストップの相談窓口 株式会社松下産業 ヒューマンリソースセンター長 齋藤 朋子 1.はじめに 当社は創業65年、東京都文京区に本社を構える総合建設会社(従業員数234名)です。2023年3月、厚生労働省よりヒューマンリソースセンターの機能が「切れ目のない日本の社会保障制度と似ている」とのお話しをいただき、ASEAN・社会保障ハイレベル会合で各国に社長がその取組みをご紹介しました。 2.優れた取組みに対する認識が浸透 私は2007年、総務部へ中途入社しました。経営層が全社員との個人面談を40年以上実施していること、社員が病気になっても雇用維持し看護する家族にも配慮していること、社員が主導的にメンター役を担ったり、家族に働く現場を見学させたりしていることにも驚きました。まさに企業理念にある「多様な価値観の尊重」を実践していたのです。しかしながら、多くの社員にとって「他社にはない特別な取組み」という認識はあまりありませんでした。 当時の建設業界は「ワーク・ライフ・バランス」という言葉さえ口にするのはご法度という雰囲気でしたが、男女平等の理念に基づく人事評価制度やファミリーデー開催等が評価され、2012年文京区よりワーク・ライフ・バランス推進認定企業に選出されました。これをきっかけに、社員が「うちの会社って実は良い会社だったんだね」と話しているのを見かけるようになりました。 3.ワンストップの相談窓口 2013年、採用、研修教育、人事評価、キャリアカウンセリング、ファイナンシャルプラン、育児・介護・病気との両立支援など人生の節目に寄り添う「ヒューマンリソースセンター(HRC)」が設立されました。取締役会の直下に位置し、ラインとは一線を画しています。大手企業と異なり社内に十分なリソースはないため、外部のリファー先(産業保健センター・産業医・産業保健師・社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー等)を充実させ連携し、各種相談にあたっています。 例えば、病気になった社員の家族から家計相談を受け、その解決方法としてGLTD(団体長期障害所得補償保険)に加入しました(65歳まで標準報酬月額の40%を補償)。また、夫婦関係が悪化し業務に支障が出ている社員からの相談には、弁護士と連携し調停手続きの支援をしました。その他、お子さんの就職支援、がん治療への助言など多岐にわたります。 このように少しの不安を話せる場所が作られたことで早期対応が可能となり、メンタル不調で重症化する者はゼロ、突然「退職したい」と言う社員もいなくなりました。 4.最後に 中小企業は人が採れないと嘆くのではなく、社員や家族へ安心安全を保証していくことが大切です。技術が流出すれば経営の根幹が揺るぎかねません。病気や介護を理由に離職することのないよう、社員と家族の人生全体をしっかりサポートすることが現代の企業に求められています。 【受賞歴】 2020年日本対がん協会「朝日がん大賞」、2021〜2023年経済産業省「健康経営優良法人(中小企業部門)ブライト500」認定、2016年東京都「中小企業技能人材育成大賞知事賞(優秀賞)」、2015年東京都「がん患者の治療と仕事への両立への優良な取組みを行う企業(中小企業部門、優良賞)」、2012・2014年文京区ワーク・ライフ・バランス推進認定企業 東京都 こころの健康だより No.139 令和6年2月発行 発行 ◆東京都立中部総合精神保健福祉センター広報研修担当  〒156-0057 世田谷区上北沢二丁目1番7号 電話 03-3302-7704 FAX 03-3302-7839 ◆東京都立精神保健福祉センター調査担当  〒110-0004 台東区下谷一丁目1番3号 電話 03-3844-2210 FAX 03-3844-2213 ◆東京都立多摩総合精神保健福祉センター広報計画担当  〒206-0036 多摩市中沢二丁目1番地3 電話 042-376-6580 FAX 042-376-6885 登録番号(4)11 (次号は令和6年6月発行予定です)