こころの健康だより .138 2023年10月発行 特集「思春期・青年期のメンタルヘルスリテラシー」 もくじ ●10代からの精神疾患教育 2 ●思春期・青年期の精神疾患を理解し支えるために 4 ●若者がこころの健康を守るために大切なこと〜足立区における早期相談・支援の取り組み〜 6 ●高校の現場から 8 この「こころの健康だより」は中部総合精神保健福祉センターのホームページでもご覧になれます。 2ページ〜3ページ 10代からの精神疾患教育 東京大学大学院教育学研究科健康教育学分野   教授 佐々木 司 はじめに 文部科学省の学習指導要領改訂に伴い2022年度から、精神疾患に関する教育が高校の保健体育の授業で行われるようになりました。本稿では1.授業の主な内容、2.精神疾患教育が10代から必要な理由、3.この教育に伴って学校・保護者に求められること、4.今後のあり方についてお伝えしたいと思います。 1.精神疾患教育の主な内容 高校の保健体育で行われるようになった精神疾患教育では、次のようなことが教えられています。まず精神疾患は若年で発症する病気が多いこと。また頻度が高く、誰でもかかる可能性があること(日本では約5人に1人が、一生で何らかの精神疾患(認知症を除く)にかかっていること)。かつ精神疾患の多くは適切な対処により回復可能であり、そのためには早期の発見と対処が大切であることを教えます。また、睡眠などの生活習慣が多くの精神疾患の発症や経過に影響することも教えます。これらの精神疾患全体に関する基本的知識とともに、うつ病、統合失調症、不安症、摂食障害など、10代で発症が増加する主な病気の具体的な症状や経過も教える必要があります。これは実際に病気が始まった際、できるだけ早く気づけるようにするためです。同時に、治療を含む必要な対処が受けられるよう、不調に気づいた時には出来るだけ早く誰かに相談することが大切であることも学びます。 2.10代から教えるべき理由 これは(1)精神疾患の多くが10代(思春期)で発症が急増し、かつ(2)適切な対処が遅れると症状や生活の障害が深刻になりやすいからです。それぞれ説明しましょう。 (1)10代での発症急増 勤労者のうつ病などのイメージから、精神疾患は大人の病気というイメージが一般にあるかも知れませんが、実際は違います。200近くの疫学研究のデータをまとめた最近の研究(Solmiら、2022年)によれば、うつ病などの気分障害、統合失調症などの精神病性障害、薬物等の物質乱用では発症のピークは19.5歳から20.5歳にあり、強迫症、不安症、摂食障害の発症のピークは14.5歳から15.5歳にあること、またいずれの疾患も10歳前後から発症の増加が始まることが示されています。また精神疾患全体(認知症を除く)では、18.5歳までに罹患者の半数が発症していることも示されています。つまり精神疾患は10代(またはそれ以前)に発症する人のきわめて多い病気だということです。もちろん大人になってから発症する人もかなりいますが、10代での発症は見逃せない割合に達するという訳です。 (2)対処の遅れの影響 生活の困難・重症化・自殺 一般に精神疾患は生活の様々な面に影響を及ぼしますが、10代では特に学校生活への影響に注意を向ける必要があります。精神疾患では集中力や理解力が低下したり、疲労が取れず蓄積しがちですので、勉強が進まず、成績が落ちることも少なくありません。また授業への出席や登校そのものが困難になることもあります。学校の勉強では、以前に学んだことを土台に新しいことを学習することが多いので、学業や学校生活への影響が長く続くほど、その後の勉強も困難になりがちです。学校に行けないことも、それが続くほど余計に行きにくくなりがちです。同様のことは交友関係にも起こる可能性があり、困難が重なれば、長年の引きこもりへとつながることも少なくありません。つまり学校生活への影響・障害は、そのままにしておけば次第に蓄積していってしまいます。この蓄積を止めるには、適切な対処により状況を改善する必要があります。 また、どのような病気もそうですが、精神疾患も適切な治療を行わず放置しておけば、病状がより重症化していく可能性があります。これについて最も良く調べられているのが統合失調症で、発症後、薬物療法などの適切な治療の開始が遅れるほど、症状が重症化し固定化しやすいことが知られています。これは治療を中断して再悪化を繰り返す場合にも起こる可能性が高いので、できるだけ早く病気に気づき、早く適切な治療を始め、かつ継続することが重要です。このためには具体的症状を含め、病気に関する知識を病気が始まる前から持っておくことが大切です。知識が無くては、例えば幻聴が起きても、それが「幻の声である」と気づくことが難しいからです。 対処の遅れがもたらす、もう一つの深刻な結果は自殺です。自殺は10代より前はほとんどみられませんが、10代で急速に増加します。日本では、10代前半、後半ともに死因の第一位は自殺で、前半では死因の3分の1近くを、後半では半数以上を自殺が占めています。精神疾患・精神不調、特にうつ状態は自殺の最大の要因の1つですので、やはり早めの気づきと対処は予防の重要な鍵になると考えられます。10代から精神疾患教育を始めるべき理由はここにもあります。 3.保護者と学校に求められること (1)対応準備の必要性 もし本当に効果的な精神疾患教育が行われれば、自分の精神的不調や病気に気づく生徒が増えると考えられます。そのことを保護者や学校の教員などに相談する生徒も増える可能性があります。その時に重要なことは、何を相談されているのかを大人が理解できることです。また子供の状態に応じた対応をとれることも必要です。そうでなければ、せっかく子供が勇気を出して相談しても適切な対処につながりませんし、相談しても理解してもらえないとなれば、二度と相談してもらえなくなるでしょう。 (2)保護者・教員の知識・意識の向上 子供からの相談について理解し、適切な対応をとれるようになるためには、保護者や教員も精神不調・精神疾患について知っておく必要があります。病気の具体的症状や特徴のほか、治療を含め、必要とされる対応についての知識も必要でしょう。10代からの精神疾患の増加、自殺リスクの増大、早期対処の重要性についても言うまでもありません。これは個々の保護者や教員任せでは多分何も進展しないと思いますので、学校単位あるいは教育委員会の主導等で研修を進めると良いように思います。ちなみに筆者が連携している埼玉県の一部の学校では、教員研修のほか、入学式のあとに時間をとって保護者の講習を始めていて、おおむね好評を得ています。 (3)大人から尋ねる 教育によって子供の知識が上がり、自分で不調に気づけるようになっても、やはり全員が周りに相談できるようになるわけではありません。自分からは助けを求められない子供の方が圧倒的に多く、また抱えている問題が深刻なほどその傾向は強いのではと予想されます。これを克服するには、やはり大人の方から子供に尋ねてあげることが必要です。その際、子供が教育を受けていれば、何故声をかけられたのかを理解できますので、話もかみ合いやすく、必要な対処につながる確率も高まると考えられます。なお声掛けは、目立つ子供だけでなく、全ての子供に行うことが望まれます。自殺リスクなどの深刻な問題を抱えている子供には、ひっそり目立たない子が少なくないからです。このためには健康診断で毎年体のチェックをするように、精神保健に関するチェックも全員に行えるようになることが望まれます。 4.今後の課題 2022年からようやくスタートした学校での精神疾患教育ですが、今後の発展に向けていくつか課題があります。第一は高校生になって初めて教わるので良いかという点です。精神疾患の発症は10歳頃から急速に増加を始めますので、高校生(15歳〜)では既に発症している人も少なからずいるからです。実際、高校生での授業の様子を見ていますと、既に病気が始まっている生徒が必ずみられます。できれば小学校の高学年、少なくとも中学生では少しずつ教えていく必要があるように思われます。筆者は、小学校5・6年生、中学1年生にも研究として学校の教員に授業を実施してもらっていますが、子供の発達段階に合わせれば、無理なく効果的に行えるとの結果を得ています。 もう一つは授業を誰が実施するかという点です。この授業の大事な目的は、子供たちに早期の気づきと相談を促すことです。子供が相談する上で最も身近な教職員、例えば養護教諭や担任が授業実施に参加していると、この目的がより達成しやすくなるのではと思われます。実際、筆者の研究授業はそのように実施しており、相談促進の効果を上げている学校も見られます。  4ページ〜5ページ 思春期・青年期の精神疾患を理解し支えるために 医療法人財団青溪会駒木野病院   副院長 笠原 麻里 思春期・青年期の心性を配慮して、精神的躓きをとらえる 思春期(puberty)・青年期(adolescent)は、心身の変化が大きい時期です。身体的には第二次性徴という変化を迎え、女子では胸のふくらみや初潮、男子では声変わりや射精がみられます。近年、思春期の発来が早まっていると言われており、女子では9歳、10歳で初潮が発来する子も少なくありません。思春期の発来にはいろいろなホルモンが作用しており、男女とも身長が伸び、骨格や筋肉の発育では性差が明瞭になってきます。そのような変化の中で、例えば女子では体が丸みを帯びてくることや、男子では他の仲間より身長が伸びないなど、ボディイメージへの悩みも出てくるのです。 さらに、思春期・青年期の精神面では、知的発達がすすみ、大人と同じ水準の認識や理解力を持つようになりますが、強い感受性の一方、経験は少なく、出来事の判断力は十分ではありません。若者の一途に突き進む言動は、何かを打開する力になることもありますが、失敗や傷つきをもたらす場合もあります。 思春期・青年期の発達課題は、@親から脱却し、自己の価値観を持ち、自分のものさしで判断できるようになること、A成熟した仲間関係の中で、価値観を尊重し合う友人をもつこと、B身体的イメージを含むアイデンティティを確立することが重要です。つまり、これらを成し遂げると大人へと進むことができるのですが、いずれかに深い悩みを抱えると、精神的ストレスが高まり、前へ進むことが難しくなります。この要素についての悩みは、多かれ少なかれ思春期・青年期年代には体験されるものかもしれませんが、重大な障壁(例えば、親の価値観の強要や、いじめ、性的違和など)にぶつかると、この年代においてはより深刻な心理的負荷となるのです。 思春期・青年期に注意すべき精神医学的問題 思春期・青年期にも、大人と同様の精神疾患が生じえます。しかし、若者自身がそれを深刻な精神的問題であると判断できない、言語化が難しい、また、置かれているストレス環境(虐待やいじめや性被害など重大なトラウマを含む)に周囲が気づかないなどのために、早期に精神症状として捉えることは難しいものです。むしろ、本当は心の問題であることが、問題行動や体の症状として現れることも少なくないのですが、その場合、現れた行動を咎められたり、根性論で責められたりしかねず、さらに精神面の問題に気づくことが遅れるかもしれません。以下に、思春期・青年期に注意すべき精神医学的問題や疾患を示します。 不登校 学校への行き渋りや欠席に始まり、長期間学校に行かなくなる子どもは、年々増加しています。文部科学省の調査では、令和3年度の不登校(年間30日以上欠席)の児童生徒は、小学生1.3%、中学生5%に上ります@。不登校の原因はさまざまであり、その子自身の発達障害や精神疾患、家庭の問題、仲間関係の問題、教師との関係、災害や事件・事故や感染症パンデミックなどの社会的ストレスの影響など、その子に関わる全ての要素を検討する必要があります。しかし、これらを解決しがたいがために危機的心理状態に陥った結果の不登校であることも少なくありません。まずは、不登校自体をその子の「S.O.S.」と捉えて、一旦はその休息を保障して「学校に行かなくても大丈夫」というスタンスを大人が持つことは極めて重要です。一方で、不登校の子どもの葛藤は続きます。学校へ行かない自分を責め、親の気持ちを察するがゆえに距離をとるために反抗したりひきこもったり、仲間との関係が絶たれることも、先に述べた発達課題の一つを大きく損ねてしまうという観点から、重大な悩みとなります。つまり、不登校を周りがいくら認めても、本人は非常に深く悩むもので、その気持ちに沿ってともに歩む支援者が必要です。養護教諭やスクールカウンセラー、またメンタルヘルスの専門家の支えは、本人にも保護者にも役に立つでしょう。 自傷・自殺行動 リストカットなどの自傷行為は、必ずしも死にたい気持ちで行っているとは限りません。「死なないために自傷している」という若者もいます。余りにも辛い気持ちをどうすることもできない時に、「死にたい」と思う気持ちも沸くものの、どこかで死なないようにしようと思い、その辛さに匹敵する痛みや傷を負うために自傷行為を行うといいます。したがって、自傷しているということは、それだけ辛い何かがあるということで、放置すべきではありません。 死のうとする意図を持った自殺行動であれば、なおさらのことです。令和4年度の人口動態統計によれば、10歳代〜30歳代の死因の第一位は自殺Aです。自殺してしまう若年者には、自身の精神疾患、死んでもまた生き返ると思っていること、死へのとらわれなどがみられます。また、規律を破ったことへの懲戒、敬愛する対象の死、いじめなどの被害をきっかけにしたり、新学期の始まりや自分の誕生日などに自殺する傾向があります。 「死にたい」「死のうと思って〇〇した」などと若者が述べる時や、懲罰を受けたり、いじめの対象になっている若者には、真摯に向き合い、孤独にさせないことが必要です。そして、自我機能の崩れなどがない場合には、例えば、葬儀に出たことがあるかなど聞きながら、その子の述べる「死」の概念の成熟度が低い場合には、より現実的な「死」とはどのようなものなのかを支持的に語り合うことも、自殺行動をとどめる一助になると考えています。 統合失調症 統合失調症の有病率は0.3〜0.7%で、通常10代後半〜30代半ばの間に発症し、青年期以前に発症することは稀な疾患Bと示されます。しかし、閉じこもりやうつ症状といった、青年期の若者では一般に生じる現象が、疾患の始まりによくみられること、診断がつけば薬物療法をはじめとする治療法が広く確立されていること、男性では治療開始までの期間が長いことは予後を悪化させるBことなどがわかっており、疾患に気づいて、精神科治療を早く開始することが大切です。主な症状は、幻覚、妄想、ことばや行動のまとまりがなくなる、感情の表出が乏しくなる、意欲低下などがみられますが、思春期・青年期には、急な成績下降、それまでできていたことができなくなるなどの様態を呈することもあります。本人が受診できない場合などは、家族だけで抱え込まずに、精神保健福祉センターや保健所などへ相談することで、治療への糸口がみつかるかもしれません。 思春期・青年期の精神的問題を支援するために この年代の若者たちが精神的問題を抱えたとしても、その発達課題である自己価値観やアイデンティティの確立、親からの脱却と仲間関係を築くことを支えることは大変重要です。疾病の治療や不登校などによって、一時的に歩みを止めても、その道筋を未来へとつなげることを忘れてはなりません。人生の一時的な停滞を、意義あるものとして再び動き出せるように、焦らず寄り添うことが必要です。 参考文献: @ 文部科学省初等中等教育局児童生徒課:令和3年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について.令和4年10月27日、   https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm A 厚生労働省:死亡数・死亡率(人口10万対),性・年齢(5歳階級)・死因順位別.令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況、   https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/index.html B 高橋三郎、大野豊監訳:統合失調症.DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル、医学書院、2023 6ページ〜7ページ 若者がこころの健康を守るために大切なこと 〜足立区における早期相談・支援の取り組み〜 あだち若者サポートテラスSODA  主 任 小辻 有美 相談員 中島 朗子 室 長 内野  敬 はじめに 「あだち若者サポートテラス SODA」は概ね15〜25歳の若者に向けた窓口です。足立区在住・在勤・在学の方を対象に、メンタルヘルスに関することだけでなく、日常生活の困りごと等も幅広く受け付け、精神科医・精神保健福祉士・公認心理師等の多職種専門チームが、「見立て」「支援」「つなぎ」による早期相談・支援プログラムを無料で提供しています。 本窓口は 2019年度より開始した厚生労働科学研究MEICISプロジェクト(研究代表者:東邦大学医学部精神神経医学講座教授根本隆洋、研究分担者:医療法人財団厚生協会東京足立病院院長(当時)田中邦明)により、東京都足立区の北千住にワンストップ相談センター SODAとして開所しました。諸外国の実践を参考に、わが国で実装可能なワンストップ・ケアの検討を目指し、Support with One-stop care on Demand for Adolescents and young adultsの頭文字を取ってSODAと名付けました。2022年7月からは足立区による事業として医療法人財団厚生協会が委託を受け、現在の名称に変更されました。今年で5年目を迎える本窓口には、1,300名以上の方からご相談が寄せられ、10,000回以上の支援対応を行ってきました。 今回は、我々が本窓口の取り組みを通じて感じる「若者がこころの健康を守るために大切なこと」についてお伝えしたいと思います。 1.自分の不調に気づき早めにSOSを出す 思春期・青年期は体もこころも大きく成長し、人生の中で最も変化する時期です。周りの評価を気にしながら自分とは何かを自問自答したり、親に甘えたい気持ちと自立したい気持ちの狭間で揺れ動いたりと、多くの葛藤を抱え、本人たちも戸惑いながら過ごしています。この大変革の時は、メンタルヘルスの不調を抱えやすく、精神疾患を最も発症しやすい時期でもあると言われています。 これまで当窓口には「前向きな気持ちになれない」「不安で眠れない」「高校・大学を退学後どうやって生きていくか悩んでいる」「学校・仕事に行くのが辛い」「家族との関係に困っている」など、様々な相談が寄せられました。その相談者は、メンタルヘルスの不調を含め一人あたり平均 2.8個の多岐にわたる困りごとを抱えていることがわかっています。こうした中で「何をどうすればよいかわからない」「自分の状態がよくわからない」という状況に陥っていることが少なくありません。 まずは、自分が思っている以上に、自身のこころの不調には気づきにくいということを知っておくことが重要です。「体がだるくて元気が出ない」「人に会うのが怖い」「なんだかモヤモヤする」など、些細なことでも「いつもと違う」と感じたら、自分のこころのSOSに耳を傾けて欲しいと思います。「単なる甘えではないか」「自分が弱いからいけないのではないか」と相談することに躊躇する時は、その気持ち自体を身近な人や、相談窓口に話してみてください。話したい内容がまとまらなくても、「学校に行くのが辛い」「死にたい気持ちがある」などと、ひとつだけ発信できればそれで十分です。困りごとに向き合って行動できている自分に自信を持って欲しいと思います。 2.身近な人の理解 援助を求めることが難しい中、本窓口に繋がったきっかけについては「学校の先生がすすめてくれた」「友達が一緒に行こうと誘ってくれた」など、身近な人たちが背中を押してくれていることが多くあります。実際に、紹介元を調べてみると、約60%が教育機関や支援機関から、約20%が家族や知人からという結果でした。信頼できる周囲の人たちの同伴や声かけで徐々にひとりで通えるようになる方も多くいらっしゃいます。 様々な葛藤を抱える中で、「死にたい」と繰り返す、黙り込んでしまうなど、時にはいびつな形で発信されるSOSをもキャッチし「あなたはあなたの考えがあっていい」と自分の考えや在り方を理解しようと努めてくれた存在が、若者がこころを守るための行動を大きく後押ししてくれていると感じます。こうしたことから、本人達だけでなく周りの人たちも正しい知識を持ち、関わることの大切さを実感しています。 3.相談をして自分で乗り越えた経験 様々な困りごとに対して、本窓口では「生物(メンタルヘルスの不調)」「心理(性格特性やストレス、葛藤)」「社会(生活における困難)」の3つの視点でまずは状況を整理することを大切にしています。対話をしながら一緒に整理をしていく中で、自分の状態に気づき、これからどう歩んでいきたいか進む方向がみえてくることがあります。若者の早期相談・支援の取り組みにおいては、変化の時を生きる若者の成長を見守りながら、若者自身が「自分の状態に気づき、次の一歩を選択する」ということを大切に支援してきました。自分の「現在地」に気づくことができれば、自ずと対処の方法がみえ、自ら次の一歩を選択していくことができるという方が多いと感じています。 来談者のアンケートでは90%以上の方が相談をして問題解決に近づいたと答えています。最初は周りに促されて来所された方が、自ら相談に来所するようになり、再び困りごとに直面した時、自らSOSを出すようになるということがよくあります。また、来談者が自分の兄弟や友達に本窓口を紹介し、時には一緒に来所されることもありました。勇気を出して行動し、乗り越えた経験そのものが、自分だけでなく、さらには別の誰かのこころを守る行動へと繋がっています。 4 .こころの専門家に気軽にアクセスできること 悩みや困りごとを抱えた際に、身近な人に相談するなどして早めに対処できるとよいのですが、「身近な人ほど相談しづらい」というのは誰しも感じたことがあるのではないでしょうか。来談者に実施したアンケートでは、90%以上の方が「自分の抱える悩みをどこに相談すればよいかわからなかった」と答えています。周りに相談することが難しかった理由としては、「甘えているだけでダメな人間だから」「こんなことで悩むのは自分が弱いから」「病んでいると思われたくない」「こんな話をしたら嫌われる・迷惑をかける」といった言葉が返ってきます。周りと自分を比べるなどして自分探しに奮闘している若者にとって「身近な人に相談する」ということは特にハードルが高い場合があります。 本窓口に繋がった相談者のうち、精神疾患について診断基準を満たすことが疑われるものの、治療を受けていない方が一定割合含まれます。また、約40%の方に希死念慮もしくは自殺企図歴がありました。数ヶ月、時には数年以上前から、こころの不調やストレス、悩みを抱え続け、状況が深刻になるまで相談に繋がらなかったという方も多くいます。 こうしたことから、困りごとを抱えても、若者が自らのSOSを受け入れ、援助を求めることの難しさが伺えます。そのため、若者がこころの健康を守ろうとする際には「気軽に専門家にアクセスできる」ということも重要です。本窓口でも、若者が気軽にアクセスできるよう、窓口のイメージやSNSの活用などの工夫をしてきましたが、特に重要であると感じるのは、地域の方々と気軽に話し合える関係をつくるということです。来談者や周囲の方が相談窓口を探す際、「どんな人が相談にのってくれるのか?」「ちゃんと話を聞いてもらえるのか?」といった不安は、心理的に高いハードルになると感じています。人と人が繋がり、顔の見える関係ができれば、安心して繋がる(繋ぐ)ことができます。本窓口においても、医療機関を含め適切な支援機関へと繋いでいく際は、人から人へ橋渡ししていくことを大切にしています。 おわりに 開所してからこれまで、来談者をはじめ、地域の方々との繋がりから学ばせていただき、地域における早期相談・支援の形を探してSODAの取り組みを行ってまいりました。少しでも多くの若者がこころの健康を保ちながら、自分らしい人生を歩んでいくための力になれるよう、より一層地域に根ざした活動を続けていきたいと思います。併せて、この取り組みや理念をさらに広げていくことが、我々のこれからの課題です。 8ページ 高校の現場から 八王子学園八王子高等学校   教諭 武市 可奈子 1.精神疾患を学ぶ背景 精神疾患にかかる人はとても多く、若い世代でも発症しやすい病気です。しかし、自分が患者になる可能性が高いにもかかわらず、ほとんどはその自覚もないし、精神疾患の正しい知識も持っていません。そこで2022年度から、高校の保健体育の学習指導要領に「精神疾患」にかかわる項目が盛り込まれることになりました。 学習指導要領に精神疾患にかかわる項目が収載されるのは今回が初めてではなく、40年ぶりになります。40年前にやめてしまったのは、授業時間には限りがあり、教えるべきことが増えていく中で優先度が落ちていったというのが、一番の理由でしょう。 しかし、近年は子どもにかぎらず、うつ病や適応障害など、心の病気になる人が増え、職場でストレスチェックが導入されるなど、精神疾患は他人事ではなくなってきています。さらに精神疾患の約75%は20代前半までに発症するため、若い人たちにとってより切実な問題です。精神疾患に対する偏見や誤解も根強いため、高校の現場では偏見や誤解を今後も生まない様に正しい知識と考え方を教える事を大切にしています。 2.授業での実践 まず授業では、事前アンケートを行いました。 @精神疾患と聞いてどういうイメージを持つか。A嫌な事があったときどんな状態になってしまうか。B落ち込んだ時の解決方法は?この項目を事前にまとめ、授業内で活用してきました。多くの生徒は精神疾患というとかなり重い状況(錯乱状態・絶対に治らない病気・犯罪行為につながる)といったイメージがあったり、偏見(遺伝する病気・人には話せない病気)と思われる内容も多くみられました。それをもとに、「不安で眠れない、やる気が出ない、買い物依存、ゲーム依存、摂食障害」など、アンケートのAの回答のようなことが精神疾患の症状としてもあるんだという事をパワーポイントや映像を使って理解させていきます。「自分や家族、友人等誰もがなり得る病気であり、偏見や誤解をなくしていかなければならない」というメッセージを強く全面にだして授業を行いました。偏見や誤解があると相談や受診が遅れ、回復に時間がかかってしまうケースがあります。各グループでの話し合いの中でも「精神的に不調なのは甘えだと思っていた。」や「友人に相談されてこれは重症と思っても、病院へ行きなとは言えなかったがこれからは言いたい。」「精神疾患の病気は誰でもかかると思うと少し気が楽になる。」など見え方に変化がある生徒も多くいました。 3.今後の授業実践へ向けて 実際に授業を行うと、高校生の内にこの精神疾患のイメージを変えていく重要性を授業の度に感じます。ただ、身近な病気であるからこそご家族や自分自身が精神疾患を抱えている生徒もいると思います。そういう可能性も配慮しながらなるべく話しやすい雰囲気、そしてグループワークでの意見交換を行い、病気を未然に防ぐことはもちろん、周りの人達への「もしかしたら」の気づきが多くなれば思いやる心の育成にもつながると思います。今後は養護教諭とも連携を行いながら授業実践を行っていければと思っています。 東京都 こころの健康だより No.138 令和5年10月発行 発行 ◆東京都立中部総合精神保健福祉センター広報研修担当  〒156-0057 世田谷区上北沢二丁目1番7号 電話 03-3302-7704 FAX 03-3302-7839 ◆東京都立精神保健福祉センター調査担当  〒110-0004 台東区下谷一丁目1番3号 電話 03-3844-2210 FAX 03-3844-2213 ◆東京都立多摩総合精神保健福祉センター広報計画担当  〒206-0036 多摩市中沢二丁目1番地3 電話 042-376-6580 FAX 042-376-6885 登録番号(4)11 (次号は令和6年2月発行予定です)